自己満足の世界

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2/28(月)

>こういう動機でハード買ったのは「ファンタジーゾーン」の時のマーク3以来かも知れぬ。
 おまいは「ナイトメア」のためにPS2を買ったことをもう忘れたのかと小一時間(ry

 等とさりげなく(どこがだ)某所のジャーゴンを使ってみたがこういう文体での文章書きはデジタルな作業めくな。その点自動生成するのも楽かもしれん。
 以前も書いた様な気がするが、Webブラウザというのは飽くまで「browser」であって「reader」ではない。よって、Webを意識するのならreadではなくbrowseされる文章を書いた方が良い。そう言う意味でこういうジャーゴン満載の文章はbrowseするのにうってつけでありWeb向きと言える。

「Windows XP SP2の自動更新停止期間が4月中旬で終了へ」
> Windows XP Service Pack 2(SP2)の配布を一時的に無効にするメカニズムの期限がまもなく終了すると、Microsoftが注意を呼びかけている。
 ん?
 これって要するに「XP使いはもれなくSP2を入れよれよれよれよ(残響音含む)」と言うマイクロやわらかさんからのお達しですか?
……2000に戻そうかなぁ……。


2/27(日)


2005/02/27 アナザーコード


 ああ、やっちまった。
 ハードごと大購入。由緒正しい「ソフトありきのハード買い」だ。こういう動機でハード買ったのは「ファンタジーゾーン」の時のマーク3以来かも知れぬ。
 さて、当面は「アナザーコード」プレイするとして、クリアしたらどうしたものやら……(他にどんなソフトがあるのかすらよく知らない)。
 しかしDSのボタンってなんでこんなに小さいんだろ。GBAは触ったことが無いので比較できないが、GBやGBカラーに較べると明らかにちびっこい。4ボタンだから間違って隣のボタンを押さない様になってるんだろうか。

 それはともかく、アナザーコード。
 まだ第一章しかプレイしていないが、時々「オッ」と思う演出があってその点面白い。これは「携帯型」かつ「タッチパネル」でないと実現できないゲームだ。エミュレータでプレイしてもあまり面白くないだろうな。


2/26(土)

 2/26だ。
 あの「東京戦争」から、もう3年も経ったのか。
 ……って、パトレイバー2ってメジャーだよね?ね?(゚Д゚;Ξ;゚Д゚)

 さて。

 以前書いた「アナザーコード」だが、微妙に「プレイしたい指数」が上昇しつつある。このままだとついうっかり大気絶の末本体ごと大購入してしまいそうな予感。ンゴッ!
 ……でもDSで他に面白いソフトって何があるんだろ。色々遊べそうな予感はあるハードだが、それを実際に活かしているソフトは今のところ余り無い様な気がする。某社長、ここらで参入して一発世間をあっと言わせる斬新なゲームを世に問うては如何ですか。いや、ゲイゲーは勘弁して欲しいですけど。んー「チョコマーカーDS」とか(←どこが斬新やねん)。
 ちなみにPSPの方はプレイしたいソフトが今のところ皆無なので食指は全く動かず。「みんゴル」はハーフ回って飽きたし「ルミネス」もワンプレイでうんざりしてしまった。どうもPSPってまずハード屋さんの自己顕示ありきな感じで、何故携帯型にしたのかよく解らない印象を受ける。


2/25(金)

 メール受信中にマシンが固まった。
 リセットして再起動。
 再度メーラを立ち上げてみると、受信フォルダのメールがほぼ全て消滅していた。
 7年近く蓄積していた何百というメールがほぼ全て消滅。「『口がロシア』状態」などと言う甘いものではない。文字通り目の前が真っ白になった。
「落ち着くのよ斑猫、落ち着いて落ち着いて……」などと倍賞千恵子の声できっかり2分オロオロした後、ハッと閃いた。
「あ、○○が××になってるからこれを□□してやれば治るかも!」
 自分が技術屋で良かったと思う一瞬だ。お陰でほぼ全てのメールデータをサルベージしてやることに成功。ああ良かった。

 ……と言うわけでこれを教訓として思ったのだが、メールデータと言うものは頻繁にアクセスが掛かり内容が書きかわるから破損の可能性も高い。なるべく頻繁にバックアップはとっておいた方が良いな。
 これを読んでるモニタの前の君!(指さす) 君もメールのバックアップはとっておくんだぞ! お兄さん(誰)との約束だ!

「「恋人との別れ方」伝授のサイト登場、オランダ」
>アムステルダム――オランダで、「恋人との別れ方」を伝授するウェブサイトが登場、女性には「子供が欲しいと彼に言いなさい」などと助言している。
 そう言っただけで別れる様な男相手ならあえて別れる努力をする必要もない気がするがどうだろう。「よし、じゃあ作ろう作ろう!」とか言われたらどうするつもりなのか。


2/24(木)

「ウィルコム、PHS通話に定額制導入・月3000-4000円」
 ぐわ、とうとう来た。携帯端末での音声定額。
 これって掛ける側だけが入ってれば良いんだよな。と言うことは通話相手が特定(家族とか恋人とか)の場合は実質半額か。
 まあ私は殆ど音声通話しないから関係ないと言えば関係ないのだが。
 しかしこれと「繋ぎ放題」を組み合わせれば、月当たりコミコミ8000円程度でデータも音声も(制限付きとは言え)使い放題になるな。便利な世の中になったものよのう(←古いネタを使うな)。

「訃報:羽生未来さん30歳=元「英語であそぼ」お姉さん」
 私と大差ない歳の方がガンで亡くなると言うのはかなりショックだ。今後こういうニュースがどんどん増えていき、そのうちショックも受けなくなっていくのだろう。
 私? 私はまだやることがいっぱいある。まだ死ねない。「ジョルスン物語」も観てないんだ(←だから古いネタを使うなと)。


2/23(水)

 本日2/23に「戦闘的シュールレアリスト」ことヤン・シュヴァンクマイエルのDVDがお安くなって再発売されるのでこれを読んでいる貴方は必ず買え(←命令形かよ)。
 ってこのネタ、てっきり書いたつもりになっていたのだが、日記を読み返してみると書いていなかったようだ。電車の中で下書きだけしてそのままになっていたらしい。
 それはともかくラインナップは以下の通り。
・「アリス」
・「悦楽共犯者」
・「ファウスト」
・「ドン・ファン」
・「ジャバウォッキー」
・「ヤン・シュヴァンクマイエル短編集」
 う~む、全部欲しいな。特に「アリス」は買わねばならない。
 以前amazonで調べた時には2割引だったのだが、今見てみると定価販売になっている。しまった。さっさと注文しておけば良かった。
 ……ヒマが出来たらヨドバシに探しに行ってみるか……。


2/22(火)

「関西元気文化圏参加事業「ミュージアムぐるっとパス・関西2005」の発行について (PDF 122KB)」
 リンク先PDFなので注意。
 転載するなとは書いていないので無断転載する。
関西元気文化圏参加事業
「ミュージアムぐるっとパス・関西2005」の発行について

趣旨
 関西では、河合隼雄文化庁長官の提唱にこたえ、自治体、経済界が一体となって「関西元気文化圏」の運動に取り組んできました。その具体的な活動の一環として、豊かな関西の豊かな文化的蓄積をより多くの人々に、より深く理解していただくことを目的に、関西地域の主要な美術館・博物館が中心となって「ミュージアムぐるっとパス・関西2005」を来春より発行することとなりました。このパスは関西地域の美術館・博物関東の文化的施設約50館の入場券や割引券が綴られた共通入場券です。
 関西エリアで、国公私立の各館がこのように共同して継続的に実施する文化事業としては初めての試みです。



1 「ミュージアムぐるっとパス」の内容
 (1) 参加施設の入場券又は入場割引券
  * パス一冊を使い切れば、合計約15,000円相当の割引になります。
  * 入場券、入場割引券等の優待内容は、施設により異なります。
 (2) 「ミュージアムぐるっとパス」は、参加施設「美術館・博物館」のガイドブック機能を併せ持っています。
  * 施設の特色、代表的な収蔵品、住所、電話番号、休刊日、閉館時間、交通手段地図などを掲載。
 (3) 「ミュージアムぐるっとパス」を利用して入場頂く方を対象に「スタンプラリー」を実施。
  * 抽選で「ミュージアム・グッズ」をプレゼント

2 販売価格  1冊 1,000円(大人のみ)2ヶ月間有効

3 参加予定施設

  * 最終参加施設は約50館を予定、詳しくは平成17年2月中旬発表。
    アンダーラインが、兵庫県の参加施設。
 (1) 国立の美術館・博物館(6館予定)
  京都国立博物館、京都国立近代美術館、奈良国立博物館、国立国際美術館、国立飛鳥資料館、国立民族学博物館
 (2) 公立の美術館・博物館(24館予定)
  兵庫県立美術館、兵庫県立歴史博物館、兵庫県立人と自然の博物館、神戸市立博物館、伊丹市立博物館、姫路市立美術館、西宮市大谷記念美術館、京都府立京都文化博物館、大阪市立美術館  他
 (3) 私立の美術館・博物館(17館予定)
  竹中大工道具館、日本玩具博物館、丹波古陶館、MIHO MUSEUM、サントリーミュージアム、大和文華館、逸翁美術館  他

4 実施期間  販売期間 平成17年3月1日~平成18年2月末日
        利用期間 平成17年4月1日~平成18年3月31日

5 有効期間
  最初に利用があった日から2ヶ月
  但し、平成18年2月1日以降の利用の開始については、平成18年3月31日を有効期限とする。

6 販売場所
  参加施設の窓口
  旅行会社、交通機関、コンビニなど
  平成17年3月1日から販売開始、詳しくは平成17年2月中旬発表予定

 とりあえず買い確定。
 一冊と言わず二冊買っても元が取れそうな感じだ。

 科学館が対象外のようなのがちょっと詰らないものの、未訪問の博物館も多くある様なのでまあ良し。ゴールデンウィークは東京方面に足を伸ばすことも考えていたが、関西圏を走り回ることになりそうな予感だ。
 ところで聴くところによると「スタンプラリー」は最低15館以上回る必要があるらしい。2ヶ月で15館。やっぱそのくらいは基本だよねぇ。一部から「君の博物館巡りのペースは異常だ」と言われていたのだがホントは全然異常じゃなかったんだ。ほうら見ろ(←勝ち誇っている)。

 あ、「博物館コンテンツ」、訪問館が50館を超えたら公開しようかと思ってます。今のとこ……40館位だったかなぁ。


2/21(月)

 先日購入したシリコンオーディオMuVo MICRO N200、これが期待以上に良い。
 何より、これまで無心で黙々とこなしていた様な作業、家事掃除洗濯食器洗い等が音楽を聴きながら出来る様になったのが大きい。重さ僅か22グラムで、ポケットに入れていても全然気にならない(ただ、付属のイヤフォンはイマイチなので「SENNHEISER MX400」に買い換えた。これはイヤフォンをしていることを忘れる程使い心地が良い)。
 もっと使い込めば不満も出てきそうな気もするが、現時点では「エクセレント」だ。先日ヨドバシで倍容量のが同額で売られていたことは忘れることにする(思い出すとやや悔しい)。

「「不老不死の実現近い」著名コンピューター科学者が予想(上)」
 「ワクワクさせられるような輝かしい未来」は、仮に完全にその通りに実現したとしても、実現した時には大抵驚きも興奮もないものに成り果てている。技術は時代を追い越して普及することが出来ないからである。
 不老不死が当たり前の時代、と言うのが仮に来るとしたら、世界は一体どうなっているんだろう。必然でない「死」の価値が一体どのようなものになるのか。そんな世界を見届けるまでは生きていたい様な気がする。


2/20(日)

 余っていたパイ皮でアップルパイを焼く。
 アップルパイを焼くのは十年振りだがなかなか首尾良く行った。美味い。

「「死亡」と判断、安置所に その後「生きている」」
 前も書いたがこういうケースで「実は死んでいなかった」と解釈されるのは生き返ってからであり、故に「死んだ後生き返ることもある」事を認めないなら「死ぬ」事と「生き返る」事は絶対に両立し得ない。「生き返らない」からこそ「死んだ」と理解されるからである。

「Jess : 日本語小論文 評価採点システム」
 15日の日記に書いた「小論文自動採点システム」がWeb上で公開されている(マンサン(敬称略)に教えて頂きました。有難う御座います)のでちょっと遊んでみた。

質問文:
「萌え」について構造主義的に論述せよ。

解答文:
 以前私が論述した通り、「萌え」とは「構造」である。
 それはかつて人間機関車と言われたぶるうたす氏がインドで開眼したソシュールの陰謀なのは明白だと言いたい。
 そして、そのために構造主義をさらに関係的に解体する必要がある。
 どうしてこんなにヌクヌクちゃんなのか、と言う「萌え」を必然として止揚する必要が有ると論述されるとして相違なかろう。
 勿論「萌え」は甚だしく通時態的なもので、それに基づきラカンの萌えを関連付ける。
 何故なら、「萌え」はモデル、即ち言語学的なものとして見た場合にヨーヨー・マって奇妙な名称だと推論される為だ。
 うんこ。
 それはマルクス的に言えば恣意的な浅田彰である。
 さて、ここであえてポストモダン風に画数の多い四文字熟語を使ってみよう。
 魑魅魍魎、侃々諤々、焼肉定食、その他諸々。これらの単語が構造主義的に見て健全とは言い難い、とは言えど。
 犬も鳴かずばえひもせず、古人も多く旅に死せるあり、と吉田兼好も述べている事を見れば解るとおり、それは松尾芭蕉の誤りではなかろうか。仮にも萌えは社会主義なのか。
 しかしながら、経済的な三倍体であるバナナは体系として思考しても萌えとは程遠い。
 此処で差異化により読解してみよう。
 本当に「萌え」はザンボット3に端を発して居るのか。否、それは実存主義である。
 その根拠は、構造は実体としてではなく、萌えの視点から構造体に因り排他的に主張する、と言って差し支え無いからだ。
 要するに、構造としての萌えは酸が効くサンポール的で有る、と断定し得る。
 逆に言うと、その枠組に於いてサンポール性を強く帯びる故に萌えは二元論である、と結果付けられるのだ。
 例を挙げよう。レヴィ・ストロースは「篤く三法を敬え」と説いたが、その「三法」とは「サンポール」が語源で無くて何だろう。
「萌え」が脱構造主義として開闢する知的装置として機能する事は、多様性として眼前に隔離されて居ると考えられている様に思える。
 よって、「萌え」の語によって日常を非日常として再構築し直す行為は、大いに思考を基にすべきものだとするのが適当である。
 即ち「絶対主義的」と言う単語は皮相文化としてメタ解釈すべきなのである。
 結論として、貴様らは腹を切って死ぬべきだ。


採点:
 修辞 5.0 ( 5 )
 論理 2.0 ( 2 )
 内容 2.9 ( 3 )
 分量過少による減点 0

 最終得点 9.9 ( 10 )
 ……これが限界だ。あと0.1点がどうしても埋められない。満点を取れた方いらっしゃったらご連絡下さい。


2/19(土)

 雑誌「ぼくドラえもん」の最終刊。
 この雑誌、豪華な創刊号とドラ湯のみを餌に定期購読者を集めたは良いものの、その後バッくれて本屋まで取りに来ない人間が続出したようだ(行きつけの本屋でも定期購読用に入荷したらしいバックナンバーが山と積まれていた)。確かに刊ごとに内容にムラがあって、「ちょっとこれは買いたくないかなぁ」と思う事も度々あった。
 ふうこれでやっとコンプリートしたよ、と一安心していたのだが……。

「ドラえもんファンの皆様に緊急発表!」
 ぐふっ。
 もう毒を喰らわば皿まで、かね。ああ付き合いますともさ。

 ところでドラえもん関係でネタをもう一つ。

「テレビ朝日ドラえもん募金「スマトラ沖大地震被災者支援」について」
 何故全額赤十字社に任せないのだろう。
 分配先の一つ、ピースウインズジャパンは日本赤軍との接点が噂されている。こんな事なら募金してないよ畜生騙された、と思っている方も居られるのではないかね。

 ところで今日は初めて中津カンテグランデへ。
 なむさんが来るとのことで案内がてら出向いたのである(なむさんは少し痩せられてより美人になっていた。と書いておけばヨイだろうか(←ぉぃ))。
 で、ジンジャーチャイを試してみたのだが……。
 申し訳ない、普通のミルク紅茶との違いがよく解らない(←味音痴)。
 それはともかく、店の雰囲気はかなり面白い。家から距離的に近すぎて非日常を愉しむには不向きの様な気もするが、気が向いたらまた立ち寄ってみよう。


2/18(金)

「速報!! ドラえもんの新映画は……」
 数年前久々にアニメ版ドラえもんを観たらあまりに投げやりな出来で悲しくなったのだが、どうやらリニューアルドラは本気でやるようだ(設定もより原作に近いものになるらしい)。
 前も書いた様に私はドラえもんフリークではあるが大山ドラは好きではない。「声の似た人を……」などと言わずどんどん新しくして欲しいものだ。

「tarochan.net:奴隷を肯定するPeaceBoat」
 数日前ニュースを見た時、少なくとも私は「ボケかこいつら食べ物を何だと思って居るんだ」と怒り狂った。食べられるために犠牲にされる命、それを生産する方々の存在を意識している限り、こう言う嫌がらせのために利用する、などと言う発想は出てこない筈だ(余談だが私は同様の理由で「パイ投げ」が大嫌いだ。あれを「ユーモア」と感じる人間の神経を疑う)。
 このリンク先を読むとまあ、私の怒りがそれなりに正当であるらしいことが解る。こいつらが嫌がらせのために消費したチョコレートにどれだけ子供たちの血と汗と涙が注ぎ込まれていることか!

 しかし共同通信はピースボートを「市民団体」って報じるのだな。そろそろ一般にも「ピースボート=北朝鮮」の認識が広まってきたのではないかと思うのだが。


2/17(木)

「アナザーコード 二つの記憶」
 ニンテンドーDS用新作ソフト。
 DSは持っていないしどんなソフトかもよく知らなかったのだが、制作に鈴木理香女史が関わっていると聴いて俄に興味が涌いてきた。

 説明せねばなるまい。
 鈴木理香女史。パソコンゲーム黎明期からシナリオ重視の名作AVGを数多く手がけてきた方である。「鈴木女史にハズレ無し」とさえ言われていた、かどうかは知らないが少なくともリバーヒル以降ではハズレどころか名作でない作品を探す方が難しい。「J.B.ハロルド」「藤堂竜之介」シリーズは携帯コンテンツにもなっているのでご存じの方も多いだろう(余談だが私はスケジューラーなんかの「ToDo」を見るとどうしても「藤堂竜之介」を思い出してしまう)。推理AVGと言えばリバーヒルの鈴木女史(かシンキングラビットの今林氏か)、と言う存在だったのである。
 今は副社長の身分にあるそうだが、DSの機能に創作意欲を突き動かされて制作現場に舞い戻ってきたらしい。

「アナザーコード」。久々にワクワクするゲームだ。そのためにDS本体を買うかと言えば微妙だが、「本体ごと購入→解き終わる→売り払う」と言うシナリオも考える価値があるかも知れない。

 ……あ、そう言えばPS2も今DVDプレーヤーに成り下がっているな。どうしたものか。


2/16(水)

 最近帰りが遅くなることが多くなったので、日記は主に電車の中で下書きをしている。書いた後はPCで入力し直しつつ清書。わざわざ入力し直さなくても転送すりゃいいじゃん、とお思いの方も居られるだろうがあえて手作業でするのはその方が文章のリズムを掴みやすい為である。
 とりあえず目の前に下がっている車内広告のメモ書き。
「ENEX 2005 (第29回 地球環境とエネルギーの調和展)」
概要:日本のエネルギー政策をはじめ、省エネルギー・新エネルギーに関する最新機器・システム・情報の数々を紹介する展示会
主催:財団法人 省エネルギーセンター
場所:インテックス大阪1、2号館
日時:2/17(木)-2/19(土) 10:00-17:00(最終日は16:00)
 ところでふと思ったが、昨日書いた「小論文を自動採点」って奴、ちょっとデータを換えれば「オタ向けWebページの人気度チェック」とかにも使えそうだな。HTMLソースを放り込めば頻出単語や論理構成、フォントの弄り具合等から日毎の想定訪問者数を算出すると言う。追加機能で訪問者数が増える文章を自動生成するというのも面白そうだ。アクセス数至上主義なサイト管理者様の必須ツールとなること請け合いだと思うのだが如何だろう。


2/15(火)

 バレンタインを過ぎ、私の手元には食べ尽くすのに一週間はかかりそうなチョコ製菓子が。
 それなのに昼食後にわざわざ板チョコを買ってきて貪り喰ってしまう自分の意図がよく解らない。

「小論文、コンピューターで自動採点 入試センターが試作」
 最初にこのニュース見た時はアホちゃうかと思った。
>パソコン入力された800~1600字程度の小論文を、(1)文章の形式(2)論理構成(3)問題文に対応している内容か――の三つの観点から評価し、標準的には、(1)を5点、(2)を2点、(3)を3点の計10点満点で判定する。「語彙(ごい)の多様性が不足」「議論の接続が不十分」「問題文との関係が希薄」などの短いコメントと点数で1、2秒後に判定を打ち返す。
 要するに、上記の条件を満たせば人間が読んで全く意味をなさない文章でも高得点がとれてしまう、と言うことである(少なくとも現在のコンピュータは文意を理解することは出来ない。せいぜい出てくる単語を数値で重み付けして意味が問題文に即しているかを判定する位である)。「意味が通じているかは人間が読んで判断する」とか言い出すともはや機械採点する意味は全くなくなってしまう。
 石岡助教授らは、Jessの力を測るため、実際に入社試験などで書かれた小論文、作文を自動採点し、国語教師ら専門家の採点との違いを比べている。テーマが客観的で、やや長めの文章ならば両者には大きな開きが見られなかったという。
 それは飽くまでその文章が「機械で採点を行わない」と言う前提の基に書かれているからだ。これを導入の根拠とするのは冗談としか思えない。悪いことは言わないからこんなのはやめといたほうが良いぞ。


2/14(月)

 バレンタインデー。

 さて、バレンタインデーにチョコを送る風習は日本独自のものであるが、これは神戸の洋菓子会社モロゾフが行ったキャンペーンに端を発する。
 一部で「進駐軍のパレンタイン少佐が子供たちにチョコを配ったのが始まり」という説が流布している様だが、これはゆうきまさみの漫画「究極超人あ~る」でのギャグであり事実というわけではない。
 ……と言ったところがバレンタインデーに対する一般的な認識だろうが、実はこのゆうきまさみのギャグは強ち間違いというわけではない。

 進駐軍がジープから子供にチョコレートをバラ撒いていたことは「ギブミーチョコレート」の台詞とともにご存じの方は多いだろうが、子供にチョコレートを配るのを最初に始めたのが神戸に駐屯していた進駐軍のP.E.バレンタイン氏(当時少佐)である。何を思って始めたのかは解らない。恐らく気まぐれであろう。氏はジープからバラ撒いていたわけではないそうだが、その行為が駐屯地で流行したらしい。すぐに他の人間が手っ取り早くジープからバラ撒き始めた(恐らく彼らからしてみれば鳩に餌付けする様な感覚だったのではないか)。
 その彼らの行為は戦後困窮する人々の間にチョコレートと言うある種場違いな「高級品」を普及させることとなった。そしてそれはチョコレートを「高級でありながら大衆的である」と言ういささか屈折した状態に置くことになる。その結果、チョコレートは主に「身近な高級贈答品」として日本国民の間に認識されることになったわけである。

 さて、それに目を付けたのがモロゾフである。
「バレンタインデーには恋人にチョコレートを」。これは当時のチョコレートの地位を利用した巧妙なキャンペーンだった。高級感があるにも拘わらず大衆化しつつある上、プレミアによる差別化を行いやすいチョコレートは恋人への贈答品としてまさにうってつけだった。このキャンペーンは僅か一度しか行われなかったにも拘わらず、干し草に火を付ける様に全国に広まることとなったのである。

 このように「バレンタインデーにチョコ」と言うのはバレンタイン氏が始めた進駐軍の気まぐれによって日本人の中に植え付けられたチョコレートのイメージを、モロゾフが巧みに利用したものだった。そう言う意味で、この風習を「進駐軍のバレンタイン氏が始めた」と言っても過言ではないのではないだろうか。


 さて、それはともかく、今日はCREATIVEのシリコンオーディオMuVo MICRO N200 512MBを購入。
 最近ツーリングのお供に軽いシリコンオーディオが欲しくなり、iPod shuffleを買うつもりで居たのだが、品薄で入手しにくい上に付加機能が少ないという欠点が気になり、結局これを購入してしまった。iPod shuffleにはない液晶画面、FMラジオ機能、ボイスレコーダー機能が付いているうえ値段や重さも大差ない。デザインについても店頭のモックアップが余りに安っぽくダサかったのでやや危惧していたが、現物はかなりマシなので一安心だ。まだまともに使い込んではいないものの第一印象はかなり良い。
 ただ、あえて気になる点を書くなら、曲の転送やUSBメモリとして用いる場合に必要となる付属のA-ミニBケーブル、これが思いの外嵩張る。余分なケーブルを携帯したくないという方はMuVo TX FMのようなUSB直刺しタイプにした方が良いかも知れない。


2/13(日)

 パイ作りで余った卵の白身をどうしようかと思っていたら、間食用に買った粒チョコがあることに気付いたのでついうっかりチョコレートエンゼルケーキを焼いてしまった。
 菓子作りってなんかPCの組み立てに似ている。ほら、「パーツを買い換えたら古い部品が余ったのでもう一台組み立てた」みたいな。菓子作りもあのノリだ。

 と言うわけで今日は、家から一番近い博物館ながらこれまでどうも行く気がしなかった住まいのミュージアムまで足を伸ばしてみた。
感想:
 んー。
 館内で販売している図録に次のような意味の記述がある。
「博物館は知的好奇心を満足させる場である。これからは知的な情報を遊び心で読み解く『知的娯楽施設』としての博物館が求められている」
「古いタイプの博物館はあらゆる方面の資料が満遍なく展示されているが個性が欠けていて魅力がない。成功している博物館は明確なテーマを持ち常にメッセージを発信している」

 具体的な成功例として国立民族学博物館滋賀県立琵琶湖博物館が挙げられている。

 さて。
 上の記述は全く正論であると思う。私は「古いタイプ」の博物館も好きだが確かにテーマが明確な方が面白いのも確かだ。例示されている二館は特に素晴らしい。国立科学博物館も去年オープンした新館では明らかにテーマ性を前面に打ち出した展示方法に変えてきた。これからの博物館の流れはそうなっていくだろう予感もある。

 しかし、だ。
 この「住まいのミュージアム」、博物館の「成功例」を参考にコンセプトを決定した様だが、成功例だけでなく「失敗例」も良く吟味する必要があった様に思う。例えば「大阪歴史博物館」が何故基本的に失敗している(ああ断言しちゃったよ)のか。それをどのようにフォローして見るに耐える施設として成立させているのか。その辺をちょっと検討するだけで根本的にこういうミュージアムを作ろうと言う気にはならないと思うのだが……。

 まあそれはともかく。
 所要時間は30分~1時間程度。
 対象年齢は小学生低学年から大人まで幅広く浅く(どうも年寄りを想定している気もする)。
 図録「住まいのかたち 暮らしのならい」。1260円。

 当初の期待値がほぼゼロに等しかったのでそれよりはマシだが、人に対してお薦めできる施設ではない、と言うのが正直な印象。申し訳ない。


2/12(土)

「おちまさと氏がドコモ端末をプロデュース」
 巷でダサイダサイと言われているらしいので気になって見てみたが、ブランド名、ロゴデザイン、イメージ展開その他あらゆるものが俄には信じられない位ダサイなこれ。
 なんつうか、50代のオヤジが若者に媚びようとして「今は『超MM』なんて言ったりするのがナウいって感じ?」と言い出したりするのと同種の痛さだ(さすがにそんな甚だしい奴はおらんが)。確かにそのダサさは「ドコモ的」とは言えるかも知れない。

 ってなんだかボロクソな言い様になってしまったが、何となくこの「ドコモ-おちまさと」の関係って一時期の「松下-高城剛」、「セガ-秋元某」を思い出すな。山師ども、今(と言うか当分)はドコモが狙い目だぞ。
 次に来るのは村上隆あたりか……と思ったら、そう言えば村上隆は今はWILLCOMだな。個人的には江口洋介とトータス松本のCMはカコ良かったので村上なぞ(失礼)さっさと切ってあのコンビでまたやって欲しいものだ。


2/11(金)

 例年この時期は菓子作りシーズン。
 と言うわけで今年は「苺のミルフィーユ」
 作ってる途中ちょっとつまみ食いしてみたが、「美味い! 美味すぎる!」と風が語りかける旨さだ。クレームディアブロタン(悪魔のクリーム)の甘みと、三層に重なるパイ皮の歯触りが醸し出す、身悶えするようなハーモニー!
 正直手間は相当掛かる(通常の三倍程度)のだがこの旨さなら許せる。
 ところで今回はパイ生地を初めて折りパイで作ってみたが、練りパイで作るよりむしろ簡単だったような気がする。失敗もしにくいし。もう練りパイで作る必然性は無いような気がしてきた。パイ生地を余らせてしまったので近いうちにまた何かパイを焼こう。

 さらに余談だが、ミルフィーユを作っている時、別にパンも焼いていたため台所を殺人的なまでに美味そうな臭いで充満させてしまった。やりすぎると隣近所から苦情が来るやもしれん。気を付けねば。


2/10(木)

「神奈川県立歴史博物館」
 あああ、こりゃ面白そうだな。近いうちに行かねば。っていつになる事やら。GWにでもなんとか時間作ってみるか……。
 関東圏の未訪問の博物館のリストも作らにゃね。10~20個位は余裕でリストアップできそうなので興味・ロケーションで優先度を付けて効率よく消化しないと。

 ところでミュージアムショップで売られている「総合案内」、この体裁って関西圏の公立博物館のそれと同じ体裁になっているので驚いた。てっきりこの装幀は千里文化財団がらみだから関西圏のみだと思っていた。
 こうなったらこれ系の総合案内を可能な限り集めて回るのも面白そうだ。私が知っている限りでは「大阪市立自然史博物館」「神戸市立博物館」「滋賀県立琵琶湖博物館」がこれ系になっている(みんぱくは千里文化財団なのにこれ系じゃないのが謎)。これ系の総合案内を用意している博物館の一覧とかは無いものだろうか。

 ちょっと調べてみた限りでは「埼玉県立自然史博物館」「徳島県立博物館」あたりが怪しいな。でも徳島県立博物館には食指は動かされないな……(失礼)。


2/9(水)

 朝、JR京都線で車内アナウンスが流れてきた。
「ただいま神戸線でノームのため電車が遅れております」
 ノームだのエルフだのは物語の中だけの話だと思っていたが、現実に電車を遅らせる程度の悪戯はするらしい。なかなかファンタジックな世の中だ。

「乳児暴行死:「ミルク飲まず、殴打」父親逮捕 千葉・市原」
「母親の乳児殺し」に対しては禄に事情云々を精査もせずに「育児は大変でストレスが溜まるのでその辺の事情を汲むべきだ」という声が必ずあがるが、この事件ではどうなんだろう。などと地味な皮肉を書いてみる。


2/8(火)

 別所でハウルについてつらつら書いたがここで一昨日書いた内容とかなり被っている。どうしようかと思ったが他にネタもないし原稿用紙5枚分程度の文章をネタバレ回避のために隠すのもなかなか愉快なのでせっかくだからアップしてみる。正直もうちょっと書き足したい、書き直したい部分はあるのだがその時はこっそりと直すことにする。

 分類の仕方にも依るが、物語には大きく分けて二種類ある。
 一つは「世界を救う」みたいな「大きな物語」で、もう一つは「自分の幸せをつかみ取る」みたいな「小さな物語」。

 実は「大きな物語」はそれのみで成立しているケースは少なくて、大抵「小さな物語」と連動して「大きな物語」がハッピーエンドで「小さな物語」も大団円、みたいなパターンになっている(宮崎駿は案外「大きい物語」を語らないが、映画版「ナウシカ」はそのケースと言えるのではないか)。

 しかしそれは(特にある思想の方々にとって)重大な問題を孕んでいる。「小さな物語」がハッピーエンドで終わるためには「大きな物語」が丸く収まることが暗黙の前提とされて居るとも考えられるわけで、これはすなわち、所謂ナショナリストが主張する「個人の幸福は大いなる存在(要するに国家)が保証する」事の傍証になっているわけ。これはアナーキスト、もとい、反全体主義者にとってはいささか気持ちの良くない事実と言える。

 さて、それに対しての反発のつもりだったのかは判らない。判らないけど宮崎駿は「もののけ姫」で「大きな物語」を最初に提示しながら、結局は「小さい物語」のみ片づけて「はいはいこれでおしまいハッピーエンドね」と言いつつ風呂敷を仕舞うという荒技をやってのけた。「そんなでかい物語がマトモに解決するわけ無いだろ。世の中そんなに簡単じゃない。でも仕方ないじゃないか」という風に。

 結果、あちこちから「話を誤魔化しやがって」「何も解決しとらんがな」みたいな非難を囂々と受けることになった。これはつまり「大きな物語」を提示したからにはそれを解決しなければならない、と言う暗黙の了解が実際に存在することを証明することになってしまったわけだ。  さあ困った。ハリウッド映画じゃあるまいし、もう「大きな物語」は語れなくなってしまったのか。

 で、今回の「ハウル」。
 初めの予告編を観た時には正直吃驚した。
「魔法使いたちが悪魔と契約し 自ら怪物となって戦うのが この時代の戦争だった。
 一度悪魔に魂を売り渡すと 二度と人間に戻ることは出来なかったというのに。」

━━宮崎駿は真っ正面から「戦争(「大きな物語」の代名詞!)を語る気なのか。そう思った。

 ところがそれ以降の予告編では様子が一変する。
「二人が暮らした ハウルの動く城」
「生きる楽しさ 愛する歓び」

 初めの予告編との接点が全く感じられない。どう見ても「小さな物語」だ。両方の予告編を観た人はかなり混乱したんじゃないだろうか。かくいう私もかなり混乱した。どんな映画になるんだろう。


 そして公開された「ハウルの動く城」。
 途中までは「小さい物語」と「大きい物語」が並列になっていてよく解らないな、と言う印象。
「内面の年齢(≠精神年齢)」が外面に反映される呪いを掛けられた少女ソフィーが青年ハウルと出会い、生きる意志を取り戻していく(で、徐々に若返っていく)、と言う「小さな物語」と、よく解らない国同士が戦っているという「大きな物語」。
 小さい物語はとことん小さすぎて大きい物語に何ら影響を与えるようにも思えないし、大きい物語は到底大団円を迎える様子もない。
 でも、サリマンの最後の台詞を聴いてハッと気付いた。
 要するにこの映画には実は「大きい物語」なんて存在しないのではないか。だとすると「どことどこが戦っているのか」「何のために戦っているのか」が語られないのは、要するにそれがこのお話において全く意味のないことだからじゃないんだろうか。
 例えば現実に戦争が起こるとする。その時、市井の人々にとっては「どことどこが戦っているか」などどうでも良いことだろう。重要なのは「戦争している」という事実のみ。いや、本当に「事実」である必要すらなく、この「ハウル」のような「書き割りの戦争」であっても何も違いはないはずだ。そう宮崎駿は思ったのではないか。

 ……どうも予告編の変わり様から見ても、最初は「大きな物語」を語ろうとしていたのに、何らかの事情でそれを「書き割り(虚構)」であることにして切り捨てた、と言う気がしてくる。確かにこの物語に「戦争」が無ければ話として成り立たないが、それは実は「戦争」、いや、大きな物語である必然性すら全くない。「魔女の宅急便」みたいに小さく纏めても何ら問題なかったはずだ。少なくとも細田守が解任されるなど内部でゴタゴタがあったのは確からしいので、その辺が関係している可能性はある。

 いずれにせよ、いくらかモヤモヤとしたものが残る映画ではあるな。「もののけ」の時も思ったが、結局はぐらかされてしまったような気が。いや、面白いのは確かなのだが、なまじ面白いだけにその気持ちが強い。


 ところで全く関係ない余談だが、ハウル初登場シーンは夢幻外伝の夢幻君にクリソツだ。あれ、憲兵を殴って追われてるところかと思ったぞ(嘘だが)。



2/7(月)

 脇腹の痛みは実はそれ自体は大したことはないのだが、流石に一週間も続くとボディーブローのようにじわじわと効いてくる。かなり苛ついてきたので今日は仕事を午前で切り上げて病院に行くことにした。

 受付にて。
「なんかよくわかんないけど脇腹の上あたりが痛みます」
「なんかよくわかんないけどとりあえず整形外科に行ってみてください」

 整形外科にて。
「なんかよくわかんないけど脇腹の上あたりが痛みます」
「なんかよくわかんないけど骨に異常はないので内科に行ってみてください」


 内科にて。
「なんかよくわかんないけど脇腹の上あたりが痛みます」
「なんかよくわかんないけど内臓に異常はないので皮膚科に行ってみてください」

 皮膚科にて。
「なんかよくわかんないけど脇腹の上あたりが痛みます」
「なんかよくわかんないけど皮膚に異常はないので再来週また来てみてください。ってかこれ下手したら入院して点滴地獄かもしれませんよ」

 というわけで合計4時間、のべ10カ所程たらい回しにされ血を抜かれレントゲンを5枚撮られた挙げ句「なんかよくわかんない」と言われたのでなんかよくわかんないまま帰ってきた。

 整形外科のお医者さんの言葉が印象深い。
「病院では大抵の病気は治せるけど、治せないものもあるからね」
……なんかよくわかんないけどそんなことを言われるとなんか凄い病気に掛かったような気になるぞ。


2/6(日)

 映画「ハウルの動く城」観た。
感想:
 んー、宮崎駿にしてはすっきりしてない映画だ。
 特にソフィーにかけられた呪いがどんなものであるのか、についての説明が一切無いのはちょっと意図が判らない。「そんなの最後までみりゃ判るだろ」って事なのか、「映画を観た貴方が考えてみてください」なのか。後者だとすればこれまでの宮崎駿らしくないし、もし前者なのだとしたらこれは最後に説明を入れておくべきだったと思う。判ってれば「ああやっぱり」で、判ってなければ「あ、そうだったのか」ともう一度見直して納得出来るのに。

 あと、色々言われていたらしいキャスティング。ソフィー、人生を半分がた投げている最初の時はともかく、最後の方はちょっと落ち着きすぎかなぁ。言われてる程悪くはないけど。キムタクは全然違和感なし。若人あきら我修院達也のカルシファーはもうちょっと色が薄くても良いかも知れない。
 以下ネタバレあり。
(って言うか、あの呪いって「内面の年齢(≠精神年齢)が外面に反映される呪い」で良いんですよね?)

 最初観終わった時は「小さい物語」と「大きい物語」が混在していてよく解らないな、と思っていたのだが、サリマンの最後の台詞を聴いてハッと気付いた。要するにこの映画には実は「大きい物語」なんて存在しないのではないか。だとすると「どことどこが戦っているのか」「何のために戦っているのか」が語られないのは、要するにそれが全く意味のないことだからではないのか。って言うか、どうも話として纏まりきらないから最後に「大きな物語」を「虚構」であるとすることにより無理矢理纏めた(で、それを活劇で誤魔化した)、と言う気もしてくる。もしそうなら全てソフィー視点で話が成り立つよう、最初から話を「小さな物語」として構築することは出来なかったのだろうか。少なくとも細田守が解任されるなど内部でゴタゴタがあったのは確からしいので、その辺が関係している可能性はある。
 いずれにせよ、いくらかモヤモヤとしたものが残る映画ではあるな。いや、面白いのは確かなのだが。



2/5(土)

 昨日の日記をアップした直後「肋間神経痛」はそんな鈍痛なワケねぇ、とのクレームを戴いた。なんでも「皮膚の内側から爪立てて力の限り捕まれてるみたいに痛いぞ」と言うことらしい。リアルなご意見有難う御座います。

 さて、映画「カンフーハッスル」観た。
感想:
 ん~、滅茶苦茶面白い。「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」あたりを元ネタにしたようだが(未確認)、この無茶さはむしろ山田風太郎を彷彿とさせる。娯楽映画として文句の付けようはないだろう。
 5点満点なら4点を付けたい。満点じゃないのは、うーん、なんだろ、何かが足りないんだ。一点明らかな不満を書くなら、その邦題。「功夫」というそのものズバリな原題をなぜ弄る必要があったのか(しかもダサい方向に!)。
 以下、ネタバレ感想なので隠す。
 一番の不満点は、格闘シーンが後になる程詰らなくなること。
 最初の三達人vs黒装束は純粋に「足技!」「棒術!」「格闘!」で滾るのだが、すぐにその三人がやられたかと思うとどんどん山田風太郎みたいなノリになってくる。リアルんちゃ砲だのネオもどきだの偽スミスだの、ごった煮感が増すのはまあ面白いと言えば面白いのだが、カンフー映画として観るなら不満だ。ブルース・リャン出すならあんなにCG使わなくても良いだろうに。
 でもまあ、カンフー映画であることに拘らないのなら文句なく面白いのは確かだ。って言うかチャウ・シンチー、次に何を撮るつもりなんだろう。この映画で撮りたいものを全部撮っちゃったんじゃないだろうか、と言う気もする。

 あと、ちょっと思ったが、チャウ・シンチーって自分を主役にしてこういう映画を撮る割にはどうも照れ屋なのか、シリアスなシーンの後はちょっとくだらないギャグを入れて話をメタメタ(?)にする傾向がある。あと、最後のシーンも自分で演じないので観てる方としてはちょっとすっきりしなかった。あのシーンは「今」の姿で和解しなきゃ駄目じゃないのかな。



2/4(金)

 この脇の痛みはひょっとして「肋間神経痛」なるものなのか。「男子よりも神経質な若い女性に多い」とのことらしいが心因性のものだったりするのか? いずれにせよ自己診断では埒があかぬので病院に行った方が良いかも知れぬ。って言うかさっさと行けよ>わし

「母としての素質は・ママさん性格診断」
>あなたは典型的な「分裂性気質」です。

> 極度に「人と同じである」ことを嫌うタイプ。独自の世界観からなる自分自身の世界に住み、それに当てはまらなければ他人事として興味を示さない。凝り性でいろんなところに妙なこだわりを持ち、興味あることはとことん追及したりするが、興味が無いことには一転怠け者となり、なかなか行動しない。主婦業に無関心だと恐ろしいほど悪妻となりうる。
 「母としての素質」に限ったわけではなく、かなりオーソドックスな性格診断。少なくとも私は「極度に「人と同じである」ことを嫌う」と言う部分以外はかなり当たっているように思う(むしろ私は人が自分と同じでないことに苛つくタイプだ。自分はごく当たり前の論理展開を行動原理としているので他の人間の行動原理も自分と大差ない筈なのに、現実はそうでないから苛つくのである)。
 ちなみに私の気質は「分裂>ヒステリー=神経質>循環>粘着」らしい。どちらかと言うと粘着な性格だと思っていたのだが殆ど粘着の気は無いそうだ。そんなものか。


2/3(木)

 ここしばらく、向かって左側の脇腹の上側が変な痛み方をする。
 内臓の痛みではなく皮膚から肋骨までのところが痛んでいるので最初は打撲かと思っていたのだがそれにしては全然鈍痛が収まらない。大した痛みではないもののちょっと気味が悪いな。

 さて、珍しく日記めいた内容を複数パラグラフに書くが、「10個入り800円」の誘惑に負けてまたミスドでドーナツを買ってしまった。今年に入って既に30個買っている。我ながらちょっと飛ばしすぎのような気がするが最近ドーナツが食べたくて仕方ないのである。
 普通なら「ドーナツ食べたい→数個食べる→満足」となるのだろうが、私は満足する閾値がやけに高いのか「ドーナツ食べたい→満腹になるまで食べる→まだ物足りない→日を分けてまた食べる」となるらしい。どうも私はその辺偏食の気があるようで、例えばチョコやフライドチキンはしつこいくらいに食べ続ける傾向があるな。そう言えば今日も鞄に粒チョコが入っているにも関わらず新しく板チョコを買ってきて貪ってしまった。

「AH-K3001V ソフトウェアバージョンアップ(2005/02/02更新: Ver.1.7)」
 機能追加としては地味目だが、見た目の変化が思ったより大きいな。パケット通信のアイコンが「PT32」から「PT」に変わったのは「京ぽんでは32kパケット通信しかサポートせんぞ」と言う意思表示にも見えて複雑な気分だ。
 ところで京ぽんの「オンラインサインアップ」項目に「高速化サービス」が増えているが(ファームアップしたからか?)、試してみたところ予想以上に高速化したので驚いた。これならPC用ページも実用的になるぞ。4月初めまでは無料らしいのでそれまでは使おうと思う。


2/2(水)

 ああやっと仕事する気になってきた。
 ええ、真面目に働きましたともさ。今までの分を取り戻す勢い、と言う程ではないけれども。

「安倍氏 朝日に5回目の通知書」
 この件は「イケイケのNHK、逃げ切りを狙う朝日」という構図がありありと見えて面白いな。

 ところでこの件について「『NHKと政治家との癒着(a)』を問題とせず『朝日の報道(b)』を叩いている人ってどうなんでしょうねカッコ苦笑」みたいな意見をたびたび目にするが、これはごく簡単な話で(a)を証明するには(b)を検証する必要があるからである(「証拠はないけどあるに違いないから問題だ」と言うわけには行かない)。(b)が限りなく胡散臭いから(a)に到達するまでもなく批判されているだけの話で、「ウヨサヨ」等のイデオロギーとは無関係だと思うのだが件の主張をしている方々はどのように捉えているのだろう。
 ちなみにそう言う方々はどうも(a)を自明のものとして考えている傾向があるように思うが、少なくとも私は(a)の明確な証拠は存在しないものと考えている(もしそんなものがあれば朝日が真っ先に提示してくるはずだからである)。どうもその手の主張をする方々は所謂「ネットウヨ」に対するカウンター感情が高まりすぎて飛躍した論理を組み立ててしまっている傾向が一部あるように思う(ちなみに私もその手の「ネットウヨ」は好きではない。と言うかむしろ積極的に嫌いだ)。皆様はどのようにお考えだろうか。


2/1(火)

「原子力情報なび」
 原子力に関する情報はイデオロギーによって歪まされすぎる印象があるが、これはどんな感じだろう。まだ全然調べてみていないがとりあえずメモしておく。

「ジャストシステム、東京地裁での敗訴を受け会見」
 初めて「一太郎、花子の製造中止と廃棄を命じる」とのニュースをヘッドラインで見た時は同名の別のものに対しての事かと思った。こんな特許ゴロみたいな提訴、ジャストシステムにとっては勿論松下にとってもメリットは少ないように思うのだが松下はいったい何を考えているのか。どのように収まるんだろう。
 しかし判決を見る限り、一太郎・花子のアイコンを一個描き変えればそれで解決するような気もするのだがそう言うわけには行かないのか。