第三話・会見




 我々が通されたのは、入り口から入ってすぐ右にある部屋であった。立派な革張りの椅子が机を挟んで設置されていた。窓側が三人掛け、ドア側が二人掛け。それに加えて今回のイベント用に緑色のパイプ椅子が3つ並べてある。そのほかには14型のテレビが一台と、そのそばにドリームキャストが置いてあった。ドリームキャストにはパッドとガンが一つずつ繋げてある。
 「あ、このテレビ、ソニー製だ」
 「あ、部屋の隅にデス1テレカが飾ってあるぞ」
 落ち着きのないクリムゾナー達は部屋中を漁り始める。
 机の下にワンダースワンと『チョコボの不思議なダンジョン』、プレジデントインタビューの載った『クイックジャパン』、ドリームキャストのシステムCD等が置いてあった。密かにワンダースワンをかっぱらおうかという思いが一瞬かすめたが、その行為がクリムゾナーとエコール社との断絶を産む可能性に考えが至り自重することにした。
 「こちらのほうに座ってお待ちください」 赤坂さんに言われるままにクリムゾナー達は椅子に掛けた。私の席は一番ドア側のパイプ椅子である。
 しばらくして、作務衣に丸鍔のソフト帽を被った下ぶくれのメガネ男(なんちゅう言い草だ)が部屋に入ってきた。
 それを見てクリムゾナー達は思わず一斉に起立した。顔が明らかに緊張していく。
 彼は、赤坂さんと並んでドア側の革張り椅子の前に立ち、にこっ、と笑った。
 「どうも始めまして、社長の真鍋です」

 「では、早速画面を見てみましょう。現在完成度90%です」
 プレジデントはドリームキャストにシステムCDをセットし、電源を入れた。しばらくして無地のCDに入れ替え、しばらく待つ。
 画面は二つの仮面を写し出す。花で彩られた白い仮面が美しい。その仮面に「ECOLE」の文字が被る。
 「おお……」
 皆は一斉に感嘆の声を漏らした。
 「これが新しいエコールロゴです。やっぱり飛ばせませんけどね、ハハハ」
 プレジデントは皆の反応に満足したように言った。
 やがて画面はタイトル画面に変わった。
 「では、プレイしてみましょう。まずはシューティング面を。どの面がいいかな」
 言いながら、プレジデントはパッドを操作する。
 「モードはいくつかありまして、簡単なほど入る得点も少なくなります。ですからスコアアタックをやられるときは、この『傭兵モード』で」
 ゲームレベルは「傭兵モード」から「クリムゾナーモード」、一番簡単なのが「素人モード」となっていた。「素人モード」というネーミングセンスは流石エコール、と思うが黙っていることにする。
 「そして、ステージを選ぶわけですが」
 プレジデントはしばらくステージ選択画面を見せつけるようにスクロールさせた。選択できるステージはかなり多いようだ。最初の『ダッハウ倉庫(雑誌では『ザッハウ倉庫』となっていたが誤植だったようだ)』だけで4シーンある。それ以外にも『アッシムの館』ステージもあるようである。今回もアッシムの館は宙に浮いているのだろうか。
 「じゃ、あまりネタバレになってもまずいですから。最初のステージ行きましょう」
 そう言って『ダッハウ倉庫A』を選択する。画面はシューティングシーンに変わった。
 暗い倉庫に、アーマー型の敵が現れた。こちらに向かって走り、1イント特有のヌメっとした動きでレーザー状の武器を放ってくる。
 またもや皆から感嘆の声が漏れた。
 「いま、プレイヤーはユリちゃんですね。ユリちゃんの銃なのでたくさん撃たないと敵は倒れてくれません」
 プレジデントは楽しそうに敵を撃ちまくる。
 せつな、ユリが敵の攻撃を食らった。
 「くっそー、このやろう!」
 越前の声でユリが叫んだ。皆に爆笑が起こる。
 「あ、声はまだ前作のものを暫定的に入れています」
 言い訳がましくプレジデントは言った。
 「視点変化は、ガンに付いている十字キーを使います。ほら、こういう風に」
 プレジデントが十字キーを操作すると、視点がぐりぐりと動いた。
 「パッドでの操作は、十字キーとアナログキーで出来ますが、アナログキーは絶対値を取る形になっていますのでこちらのほうが操作しやすいでしょう。視点変化にはLトリガーを押しながら、という形を考えています」
 アナログキーの絶対値を用いるなら前作のような操作性の悪さは解消されていると考えて良さそうである。さらにプレジデントは付け加えた。
 「スコアアタックは、ドリームパスポートを通じてネット上で行うよう考えています。データ改変などの不正が出来ないようなシステムを考えています。また、面データや音声データもインターネットでダウンロードできるように考えています。敵キャラクター自体は一緒なんですけどパターンが変わるような。圧縮をかけて一つのVMに2〜3面のデータが入るようにしたいですね。声のほうも、おつきあいのある声優さんに声を入れてもらって」
 「では、次に、アドベンチャーシーン行ってみましょう」
 画面は「バイオハザード」風のリアルタイムレンダリング画面に変わった。画面の中を、ユリちゃんが歩いている。影が付いていないのが気になるが、かなり綺麗なモデリングである。
 「これがユリちゃんですね。あのポスターのレンダリングで。7500ポリゴン使ってます。シューティングシーン後のこのモードで情報を集めたり、体力を回復したりするわけです」 画面上の数字を指し、「ここに数字がありますけど、これが制限時間です。この時間が切れると終了となります」
 制限時間が切れたら終了と言っても具体的にどういう風に終了となるのか気になるところではある。まさかいきなり画面がブラックアウトしたりはしないだろうが。
 「では、次にムービー画面です」
 画面はムービーデモ画面に変わる。ムービーとは言え、全てリアルタイムレンダリングで構成されているようだ。
 「これが3代目の康くんです。最初のポスターのモデルに比べてかなりかっこよくなってるでしょう」
 康くんは「ど根性ガエル」のヒロシくんのように頭にサングラスをのせている。確かにかなり格好良くなっている。
 画面は変わって、グレッグを映し出す。神経質そうにせわしなく動いている。
 再び康くんにカメラが移る。
 「おっさん、生きてるか?」 康がグレッグに呼びかける。
 「ああ、なんとかな」 グレッグが答えた。「(こいつはどうもあの男に似ている……)」  爆笑が起こる。
 「と言うことは、デス1のオープニングのあのセリフはグレッグのものだったんデスね」 納得するクリムゾナー達。
 「とまあ、こういう感じでゲームは進行していきます」
 プレジデントは電源を切った。

 「最近のゲーム業界は『委託』によって作られることがほとんどなんですよ」
 プレジデントは語り始めた。
 「で、部分部分をそうやって作って繋げるような作り方。そういうやり方だと、企画をたてても、何人もの承認を受けないとゴーサインが出ない。だから無難な企画ばかりが氾濫することになる。結果として、『大外れもないけどなんかどっかで見たことあるゲーム』ばっかりになってしまう。そんな作り方は大手さんに任せておけば良いんですよ。同じようなものをウチが作ったって仕方がないでしょう」
 皆は大きく頷く。それをみて自信を深めたかのようにプレジデントは続けた。
 「ウチは全部自分たちで作ってますから、委託なしで。出た企画も承認するのは私だけですからね。だから、凄く変なところが出てくるかも知れないけど、とんがったものが作れる」
 デス1の完成度に対する言い訳とデス2に対する自信が入り交じった発言である。瞬間、私は某飯野賢治氏の話を聴いている気分になった。
 「実際、そういう作品を作れるところがなきゃ駄目だと思うんですよ。今の業界、大手以外で残ってるところはほとんどないでしょう。ウチみたいな会社がなくなっていくのは本当に危険だと思いますよ」
 プレジデントは既に業界の救世主となるつもりであるかのような話しぶりであった。口角泡をとばしつつ彼は続ける。
 「掲示板もね、初期の頃のような提灯書き込みだけじゃやはり良くないと思うんですよ。やはりそれなりに批判もしていただかないと。ワープさんのところみたいに荒れるのも困りものですが」
 「今のゲームづくりって20人30人ものマンパワーを動員してやってるでしょう。でも本当にいいのは、ごく少数の才能ある人材がいて、その人材を生かすような方法で作ることなんです。今度ワンダースワンで出す『ムサピィのみらくるデス魔宮』は丁度そういういい人材に恵まれたので、その人を生かすようにチームを組んでるんです。デス2とは完全に別チームで。『デス2』が7人、『むさぴぃ』が5人」
 「ワンダースワン以外の携帯ゲーム機に参入するって事はありませんか?」
 誰からか、質問が飛ぶ。
 「やはり採算にのせるにはハードが100万台出てるって言うのが最低条件ですからね。だからワンダースワンでやろうと思ったわけです」
 「じゃあ、ゲームボーイに参入の可能性は……?」
 「ええ、もちろん可能性としてはあり得ます。オファーがあればですね。ただ、いろいろとしがらみもありましてね。ソニーさんともおつきあいはあるんですよ」
 「ネオポケ参入は考えてませんか」
 「え、いや、アレは……」
 何故か絶句するプレジデント。
 その他、質疑応答で挙がった質問等をかいつまんで記す。
Q1、「『デスクリムゾン』のオープニングは社員さんが声をあてていると言う話ですが」
A2、「いえ、デス1のオープニングの声は、私どもではありません。色々言われておりますが、全てプロの声優さんがあてています」
   「『ぱおーん』の声優に関しては、ノーコメントです」
Q2、「『デスクリムゾン2』発売前後になにかイベントのようなものは行うのでしょうか」
A2、「デス2は、9月に主要12都市でお披露目を行います。8月末には詳細を公開する予定です」
   「でもゲームショーに出展する予定はありませんね」
   「テレビCMも予定はありません。まあ、「期待されてない」ゲームでテレビCMを行っても訴求力が弱いですからね……」
   「『デスクリムゾン2特別セット』としてですね、メッセサンオーさんのほうで特別セットを販売するかもしれません。これはですね、ガン4つにマイクとぷるぷるパックといった感じのもので」
   「『デス2』はサントラも発売します。もしかしたら初回特典か何かでデス1のサウンドも入れるかも知れません」
Q3、「『デス1を比較的容易に入手できる方法』というのは具体的にはどういう風に行うのでしょうか」
A3、「あ、あれはですね、いろいろと考えたんですが、あまり簡単に手にはいるようにしましても、今持っている方のデスクリの価値が相対的に減ることになりますから……実現は難しいですね」
   「『デスクリ1ドリームキャストで発売』というのはじゅげむ、リクルートさんの誤報です」
Q4、「『デスクリムゾン』のキャラクターの中で特に人気の高い、あの『クチビル君』誕生の経緯は」
A4、「あれは当時のデザイナーが悪夢にうなされた結果出来たものらしいです。今はその人はいませんので詳しいことは闇の中、ですが」
Q5、「『クイックジャパン』のインタビューで言及されていた『ポーカー』の要素は」
A5、「とりあえず作ってはあるんですが、ゲーム性とのかねあいで実際に入れるかどうかは未定です」
Q6、「5階に置いてある『ぱおーん』をお譲りいただくわけにはいきませんか」
A6、「あれは売り物ではありませんので販売の予定はありません」
Q7、「『デス2』では新たな謎が出てくるそうですが、『デス3』は出るのでしょうか? また『ぱおーん2』は?」
A7、「現時点では『デス3』の開発の予定はありません。『ぱおーん2』はまず出ないでしょう」

 「では、質問も出尽くしたようですので、そろそろ」
 プレジデントの声に、赤坂さんがデス2ポスターの束を抱えて現れた。
 「これはおみやげですのでお取りください。6000枚ほど作ったんですけどね、いま残ってるのは700枚くらいだと思います」
 実はデス2ポスターは既に持っている。「せっかくだから、デス1Tシャツください」と厚かましくも言いそうになるのをぐっとこらえ、ポスターをありがたく戴き部屋を出た。
 「今日はお忙しいところ時間を割いていただきまして、本当にありがとうございました」
 深く一礼し、我々はエコール社をあとにした。

 「ここまでユーザーフレンドリーな会社もそうはないよなぁ……」
 帰りのエレベーターの中、興奮した口調で誰かが言う。
 もちろん私もそれに深く同感であった。


 (とりあえず終わり)

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